江戸古地図で巡る 清澄・日比谷編 ①

2月4日。春の陽気の中、古地図の散歩4回目に行って来ました。

半蔵門線「清澄白河駅」→清澄庭園(下総国関宿久世家の下屋敷跡)→芭蕉庵の古跡(萬年橋)→清洲橋→東京水天宮→小野次郎衛門屋敷跡→<人形町の街を歩く>→伊勢重(昼食)→伝馬町牢屋敷跡→<日本橋室町界隈散策>→常盤橋→大手御門→皇居外苑→祝田橋→日比谷見附跡→有楽町

(小さな地図をクリックすると大きくなります。戻るときは←ボタンでもどってください。この先は写真をそのまま載せます)

え~と、清澄白河駅から日比谷公園まで・・・ってふつう歩くかぁ?という感じです。
地図にしても、やっぱり長いですね。ざっと20000歩になりました。古地図も、いつもは2枚ですが、今回は3枚になりました。
もちろん、行く前には手持ちの古地図と現代地図。ネット検索でにわか勉強してからでかけます。今回私が一番気になっていたのは「伝馬町牢屋敷跡」今は「十思公園」になっています。

清澄庭園 以前一度訪れたことがあります。
紀伊国屋文左衛門屋敷跡→関宿藩久世大和守の下屋敷→岩崎彌太郎と持ち主は変わりました。全国の名石が庭に並べられています。大きな池が真ん中で、関東大震災の時には避難した人が多かったということでした。

この界隈には、錣山部屋、尾車部屋、高田川部屋と相撲部屋が並びます。
小名木川の1番目の橋「萬年橋」の近くに芭蕉の古跡や、稲荷があります。

古地図には隅田川を渡る永代橋と新大橋がありますが、昔はなかった「清洲橋」を渡ります。
おしゃれな橋だそうですが、ただいまオリンピックに向けて、改装中でした。清澄と中州を結ぶ橋で「清洲橋」だそうです。

橋を渡ると、中央区、高速道路の下の小さなお稲荷さんも、古地図の中州に描かれています。
水天宮のすぐ近くに、「小野次郎衛門屋敷跡」が古地図にありますが、武術の指南役の家だそうです。そして隣の水天宮は明治以降に有馬家が移転して、お宮を移したので、これも古地図にはありません。「戸田熊之丞」とある場所です。
交差点から水天宮の外側を見るとこんな感じです。

人形町の通りを散策します。からくり時計がちょうど12時に動き出しました。

このあたりには、浅草の方に移転する前の「元吉原」があった地域だそうです。歌舞伎の中村座とか…江戸の繁華街、歓楽街だったのですね。人形町通りをそれて、「大門通り」あるきます。
江戸通りに出て、創業1869年の「伊勢重」ですきやき小鍋仕立てのお昼をいただきました。
散策も一休み。ここでだいぶ歩いた感じがありました。ここで10000歩。


コメント

江戸古地図で巡る 清澄・日比谷編 ① — 2件のコメント

  1. 今回の散歩は、だいぶ歩きましたね~
    事前に下調べしていくと、興味も倍増・・・さすがふくろうさん!
    伊勢重のすき焼き、ついつい目がいっちゃいました。

    • 歩きましえたねぇ。
      旅も散歩も、ぶらりといって、楽しいものに遭遇するのもいいけど、
      予習は、行く前にも楽しめるのよねぇ。
      「伊勢重」味が濃いかもって、心配されましたが、そんなことはありませんでした。

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