大逆転の痴呆ケア

tihoukea.jpg著者:和田行男 宮崎和加子
出版:中央法規
初版:2003.09.20.
お年寄りを大切にして、なんでもお世話してあげることが果たして、その人のためになっているのか?至れり尽くせりの介護をすることは本人が持つ能力さえも奪っている。
そのとき食べたいものをみんなで考え、自分たちで買い物に出かけ、食事の支度をする。洗濯をすれば、干して取り込んでたたむ。部屋が汚れれば掃除をする。玄関に鍵はかかっていない。2階の部屋には気をつけて上る。階段の昇降は生活の中に取り込んだ運動になる。機能訓練よりも、まずは日々の生活を大切にしよう。
グループホームの玄関を開けて、外にでよう。ホームの中に人を呼ぶのではなく。家から町に出て行こう。
だけど、長く生きた人たちが何人も一緒に暮らしていれば、それぞれの思い、やりたいことやりたくないことがあり、その思いが衝突することがある。それは、どんな集団においても起こりうることだけど、そういうときに、その間を取り持つ人が必要になる。それが、グループホーム「こもれび」の仕事人だ。
認知症を身近に抱えている身としては、目からうろこ、正に逆転の発想かもしれない。
かといって、それを全て家に取り込むことはきびしい。常に気を配り、その動向を把握しつつ、自由を制限しないで、なおかつ安全に。でも、そういうグループホームがあるのだとしたら、少しでも人間らしく暮らしていけるのなら、かなり魅力的には違いない。
確かに、デイサービスや老健でのサービスを受けるようになると、誰かに何かしてもらうことがあたりまえになり、だんだん「依頼心」が強くなってくる。座って口をあけて待っているような状態になってしまう。これはよくないとは感じている。
だけど、そのサービスを拒否するようになったら、これもまた大変。
これからの介護のありかたは、まだ少しずつ姿を変えて行くんだろうか?


コメント

大逆転の痴呆ケア — 2件のコメント

  1. 本を紹介してくださってありがとうございます。専門職は可能性を広げられるから、一般とは違うということでしょうね。尽力していきます。

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